100年ブランドを目指して
飽きのこない美味しさを追求
ギンビスは今年、92周年を迎えた。1930(昭和5)年5月5日に創業した老舗ビスケットメーカーは今日、100周年を見据えて邁進している。コロナ禍という逆境を物ともせず、飛躍し続ける原動力は何か? 宮本周治社長に聞いた。
コロナ禍でも2ケタ成長
初の緊急事態宣言が発令された2020年4月、インタビューに応じた宮本社長は「明けない夜はない! 必ず良い方に向かっていく」と、マスク越しに力強く語った。それから2年以上が経ち、同じコロナ禍でも状況は刻々と変化している。
「コロナになって先が見通せず、現在の世界情勢のように、短期間で状況がガラッと変わることもある。その中で一番重要なのは、需要を喚起すること。自分たちで開拓していかなければ、先は見えない。躊躇している間にチャンスを逃してしまうことのないよう、目の前にある仕事はドンドン取りにいく。そういうスピード感を意識していた」。
『アスパラガスビスケット』『たべっ子どうぶつ』『しみチョココーン』の3大ブランドを中心に、新製品の投入や既存製品のブラッシュアップを積極的に行ってきた。しっかりと進化・深掘りした形でのラインアップ。ロングセラーブランドに依存することなく、精力的に研鑽してきたことが窺える。
その成果もあって、コロナ禍でも「2ケタ成長を続けている」という好調ぶり。だが、昨今の急激な原材料の高騰や円安の進行などは、より深刻な打撃になりつつある。
「これまで計画通りに結果を残しているが、計画通りに進まないのは、こうした世界的な状況の変化。生産、営業、商品のあらゆる面を見直しながら利益の改善を図ってきたが、それ以上に原材料の高騰は大きい」。
お菓子業界は、長年にわたって相当な企業努力を続けながら価格を維持してきた。しかし、市場環境は激変した。ここまでくると、“限界”と言ってもいい状況にあるのではないか。
「ここ20~30年、日本の物価の上昇率は、世界と比べると低い。日本のお菓子が海外でも人気なのは、世界最高峰の品質でありながらも安いから。その品質を維持するには、設備投資などかなりのコストがかかる。それに何といっても、優秀な人材を確保するためには、人件費を上げなくてはならない」。
コストプッシュインフレが進行する中、規格変更するのか価格を上げるのか、いずれにしても、消費者の納得のいくような形で進めなくてはならず、どのメーカーも岐路に立たされている。
「あまりにも原料価格の上がり幅が大きいので、内容量を改定したとしても、思ったほど利益の改善が見込めない上、消費者の満足には繋がらない。中長期的にみれば、その商品の価値が下がってしまう」。
発売55年目の『アスパラガスビスケット』は、
新たな挑戦で若者にもアピール
『たべっ子どうぶつ』は、味はもちろん、
どうぶつキャラクターの人気が高い
『しみチョココーン』は、手を汚さず夏でも美味しく食べられる
顧客満足度を向上させ、製品の価値を守るには、ブランドをより強化しなくてはならない。同社の3大ブランドである『アスパラガスビスケット』『たべっ子どうぶつ』『しみチョココーン』では、親子3世代で楽しめる100年ブランドを目指している。
「ブランドの強化は、ビフォー・コロナから考えて手を打っていたので、コロナ禍にあっても計画的に進められた」
コアバリューの“美味しさ”に価値を付加すべく、他業界とのコラボや雑貨類などを展開。特に『たべっ子どうぶつ』のキャラクターたちの人気の高さには、目を見張るものがある。
1月のGUとのコラボでは、スウェットやパジャマが多くの店舗で1~2時間で売り切れ、8月の第2弾へと繋がった。3月に登場したマクドナルドのハッピーセットは、2週間の予定が大好評で1週間で終了。イベントのグリーティングで着ぐるみのどうぶつたちが登場すれば、若い女性から“かわいい~!”と歓声が上がる。
さらに、バンダイの一番くじや『たべっ子どうぶつ ぷっくりラバマスグミ』『同 カステラメーカー』『同 どきどきビスケットパズル』『同着せかえリング』(ピット商品のおまけ)などなど、枚挙に暇がない。どれも大ヒットしている。
宮本社長には危機感がある。「美味しいということは大前提で、美味しいだけでは、そのお菓子はそれだけで終わってしまう。ワクワクする楽しさなどの付加価値をどこまで追求できるかがポイント。お菓子売場以外でも目に入るよう、常に話題を提供している」という。
こうした同社ならではのマーケティングもあって、『たべっ子どうぶつ』は日本キャラクター大賞2022(キャラクターブランド・ライセンス協会主催)において、選定委員特別賞を受賞した。
毎年『ドラえもん』『ポケットモンスター』『鬼滅の刃』『エヴァンゲリオン』など、誰もが知る大ヒットアニメや漫画が受賞する中、お菓子業界ひいては食品業界では初受賞という快挙を成し遂げた。“今も人気があり、これから最も伸びるキャラクター”として、満場一致の選出だったという。宮本社長は「社会的にインパクトのあるキャラクターに成長してくれた」と胸を張る。
『アスパラガスビスケット』では、発売55年目の新たな挑戦として、同ブランド史上初のおつまみ製品『ミニアスパラガスおつまみベーコン風味』を発売するなど、話題喚起で若年層への浸透を図る。
『しみチョココーン』は、11月21日に開幕するFIFAワールドカップカタール2022に向け、サッカー日本代表応援パッケージを発売。サッカーの観戦者は子どもから大人まで幅広く、期待は大きい。
同社のお菓子は、子ども向けのイメージが強いが、どのブランドもロングセラーなだけに、購買層は親の世代から子どもまでと幅広い。
「消費者の年齢層は間違いなく上がってきており、少子高齢化の時代にあっても伸びていく商品はある。女子高生をターゲットにトレンドやブームを広げるマーケティング手法が20~30年前からあるが、現在は、そこだけをターゲットにしても、なかなか全体に行き渡らない」。
目を付けているのは、30代前後の年齢層。この世代に人気のあるものは、高齢者も食べる。その影響力は大きい。「大人の世代にいかに食べてもらえるかがポイント」だと力説する。
日本キャラクター大賞2022表彰式。
前列から2列目、右から2人目が宮本社長
選定委員特別賞を受賞した『たべっ子どうぶつ』(右)
妥協なしの製品づくり
宮本社長には、「こうしたら絶対売れる」という確たる信念がある。
「こだわりを持って、作り込むことが大切。この味、この食感、このデザイン、この内容量、この値段なら絶対いけるというのは、感覚としてある。全て一つ一つチェックしながら、何度も何度もやり直し、ここまでやれば大丈夫というところまできたら、計画通りかそれ以上の数字が出る」。
美味しいと言ってくれる人が、10人のうち6~7人では納得せず、10人全員が満足できるものを目指している。決して妥協しない。それは、雑貨などのコラボアイテムも同じだ。
「これまでは中国、東南アジア、アメリカ、ヨーロッパへ毎月のように海外出張していたが、コロナ禍で行けなくなり、本社や工場にいる時間が増えた。その分、じっくり開発に取り組むことができた。やり込むことは一番大変だが、一番重要なことでもある。手を抜くと、中途半端で終わってしまう。諦めずに今日までやってきたことで、どうにか評価していただけたと思う」と、より自信に繋がった。
生産体制の増強にも、この1年ほどの間に注力してきた。
「継続的に2~3割以上伸びていく商品を生み出していくには、しっかりと増産体制を整えていくことが大切」。
ロングセラーがゆえに大切にしていることは“変わらない美味しさ”。確かに、昔から食べているいつもの味なのに、飽きることがない。考えてみれば不思議だ。
「飽きないように作り上げるのは一つの技術。その点にはこだわりを持っており、開発には長い時間を掛けている。1つ食べたら、2つ目にもすぐ手が伸びる連食性。昔と同じ味であることも大事なポイントで、そこを変えてしまうと、人は違和感を感じて離れてしまう」。
同社の製品はヘビーユーザーが多い。ヘビーユーザーほど違いはすぐに分かる。久しぶりに食べる人は、あの時と同じだ! と懐かしさを感じる。子どもの頃の記憶はいつまでも残っているもので、ふとした時に蘇る。そうした思い出を大切にしているからこそ“変えない”のだが、実はこれが一番難しい。
「改善・改良するのは簡単。機械も人も原材料も、時間とともに変化していくので、普通にやっていたらドンドン変わってしまう。そういう中で、同じ商品を再現するのには、とても苦労している」。
時代が変わっても、そこだけは変えないというこだわりがある。だからこそ、ロングセラーとして愛され続けている…
(続きは22年秋季特別号28頁へ)
ギンビスの『たべっ子どうぶつ』を使用したBANDAI SPIRITSのキャラクターくじ
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プロフィール
みやもと・しゅうじ
1973年5月生まれ。49歳。中学を卒業して米国ニューヨークミリタリーアカデミーに入学。卒業後、フランクリンピアース大学に入学。3年時にサフォーク大学に編入。1997年、香港・四州集団有限公司入社。1999年、ギンビス入社。2014年、同社社長に就任。
小学4年生と2年生の息子とともに、極真空手の道場に通う。今年の夏、山中湖での合宿に「息子たちを初めて連れて行った」という。2人にはサッカーも習わせている。「小さい時から体を動かすことは大切。頭も活性化してくるし、礼儀やあいさつ、コミュニケーションなど、社会性も身に付く」ことを期待している。